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拙稿掲載誌「東京人」9月号のご案内

雑誌「東京人」9月号に拙稿が掲載されております。

特集:東京の玄関口を旅する 「近代史を映し出す羽田空港八十年史」

是非ご覧ください!

「東京人」のホームページ(都市出版)
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生き残った「あじあ」号(1959年)

かつて大連~新京~哈爾浜間を駆け抜けた、南満洲鉄道の特急「あじあ」号。
密閉式展望車を最後尾に連結した濃緑色の客車の先頭に立っていたのは、流線型も斬新な大型蒸気機関車・パシナでした。

「あじあ」は1934(S9)年に運転を開始し、戦争が激しさを増す1943(S18)に運転を取りやめていますが、それらの車両は、終戦前後にソ連が侵攻したどさくさや中国大陸の政治体制の大変革を経て、日本人の前からは姿を消すこととなります。
長らく消息不明だった牽引機のパシナが、廃車体として「発見」されたのは、中国交正常化後に日本人観光団体を受け入れるようになった1980年代の中国でのことでした。

これにより、それまでは「中国に残存」とも「ソ連に持ち去られた」とも言われていた「あじあ」号の車両は、一部が中国に存在していたことが確実となった訳ですが、「竹のカーテン」の向こう側・戦後まもない中国での現役時代を今に伝えてくれる資料は、「発見」から30年を経ても一般には目にすることがないのが実情です。

という訳で、これを最初に見たときは目を疑った貴重な資料を紹介したいと思います。
1959(S34)年に瀋陽の鉄路局が発行した地方版時刻表、表紙を飾るのは紛れもなく流線型のパシナです。

asia50s.jpg

当時の中国の時刻表は、実際には中国に存在しない西欧の車両をモチーフとしたイラストが表紙を飾ったりしているものもあるのですが(そうまで見栄を張りたいのか?)、これはそうしたものとは異なり、パシナの姿が割と忠実に描かれています。
ただ、青系だったと言われる塗装は、戦後の中国の車両の標準的な塗装である、緑に白いストライプに変更されています。

当時のパシナの運用は分かりませんが、瀋陽鉄路局発行の時刻表表紙に描かれていることから推察すると、やはり戦前の満鉄時代と同じような路線で走っていたのではないでしょうか。

(画像をクリックすると拡大します)

tag : 昭和史 アジアの鉄道

日本経済新聞に載りました。

本日(8月29日)朝刊、文化面に時刻表歴史館館長の記事が掲載されています。
文章自体は取材を受けて記者の方が書かれたものですが。

なぜか西ドイツ国内線に飛んでいたソ連旅客機(1973年)

ga1973_1.jpg

すでにこの世には存在しないので、おそらく日本ではまったく知られていない、ある航空会社の時刻表を取り上げてみたいと思います。
その名はGENERAL AIR-西ドイツの会社なので、ゲネラルエアと呼ぶのが適当でしょう。

これは同社の1973年(S48)の時刻表。路線図を見ると、西ドイツの主要都市間を結ぶ国内線の会社だったことが分かります。
路線図にLHという記号が見えますが、同社の一部の便は西ドイツのフラッグキャリアであるルフトハンザの便として運航されていました。

ga1973_2.jpg

そんなマイナーな航空会社を紹介したのには理由があります。
ちょっと航空に詳しい人であれば、時刻表に掲載されている使用機種の紹介を見てホホゥと思うでしょう。
左側はデ・ハビランド・カナダDHC-6ツインオター、そして右側は・・・「ソ連製の」Yak-40。

ちょっと考えてみてください。
1970年代といえば冷戦の時代。西側にはボーイングやらダグラスやら(エアバスは開発中でまだ現在のように世界的な企業ではありませんでした)資本主義の象徴ともいえる航空機が多数あったはずなのに、「西ドイツ」で「ソ連製」の機体が使われていたとは!

ga1973_3.jpg

これが時刻表の中身。
便名のGQというのが同社のコードで、LHはルフトハンザのコードですが、LHがついている便でもYak-40が使われるれるものは実際にはゲネラルエアによる運航でした。

しかしなぜこんなことが起きたのでしょうか?
1976(S51)年に倒産してしまった会社で資料が少なく、その真相は定かではありませんが、当時は乗客30人クラスの小型ジェット機がほとんど存在しなかったこと、また、ソ連辺境のあまり整備されていない飛行場でも使用できる、丈夫で離着陸性能に優れた機体がローカル線の運航にマッチしていたということかもしれません。

ソ連も自国の航空技術を世界に発信し、陣営の東西問わず輸出しようとしていました。1973年のパリ航空ショーで墜落したツポレフTu-144などはその象徴でしょう。
実際、1970年代に日本で開催された航空宇宙ショーにも、ソ連の機体は毎回のように訪れています。
(しかも、当時の航空宇宙ショーは入間や小牧など自衛隊基地で開催されていたので、自衛隊基地にソ連機が発着するという、これまた奇妙な光景が繰り広げられた)

西ドイツに関しては、1970年代初頭に東方外交によって東西関係が融和に向かい、共産圏に対する拒絶反応がいくらか薄らいだという背景もあったのではないかと思われます。

ただ、いずれにしても、西側諸国にとってソ連機は使いやすいものではなく、同社の例が知られる限りほぼ唯一の例でした。

同じ歴史と文化を有する民族がイデオロギー対立で東西に分かれ、それぞれが相手を意識しながら自分の陣営の繁栄を模索することで強烈な個性が生まれたのが東西ドイツという国であり時代でした。それ故に、こんな「矛盾」があちこちに見え隠れするところに、戦後ドイツ史の面白さがあるのです。

激しく同意!という方には「ニセドイツ」1~3(伸井太一さん著・社会評論社刊)をおすすめします。

(サムネイルをクリックすると拡大します)

拙稿掲載誌のご案内~「鉄道ファン大全」(新潮社)



6月21日、新潮社から「鉄道ファン大全」が発刊されました!

「旅」といえば、かつてJTB・新潮社から刊行されていた名門旅行雑誌。
その別冊として刊行されたムックです。
ただし、厳密な意味で別冊ではなく、その体裁を借りたものとのこと。

鉄道趣味を極めた素人が結集し、その面白さを語ります。
この「素人」というのがポイントで、すでに長年に渡って数多く斯界のメディアに登場しているセミプロ的な人をできるだけ排してセレクトしたとは編集者の談。

私も、時刻表蒐集をはじめたきっかけやその面白さについて寄稿しています。
是非ご覧下さい。

【以下、出版社による内容紹介】

愛情たっぷり、病たっぷり、過剰にして鬼気迫る楽しき鉄道趣味生活。

あなたは「何鉄」? 撮り鉄、乗り鉄、音鉄、ダイヤ鉄……、鉄道を自在に楽しみ尽くす。切符、ヘッドマーク、サボ、駅弁、スタンプ、古書、古地図……、幅も広ければ、奥も深い。「病膏肓に入る」と言うなかれ、誰に頼まれたわけでもなく、嬉々としてお金と時間を費やす鉄道趣味人たちの楽しい人生をこの1冊に凝縮。
プロフィール

ttmuseum

Author:ttmuseum
「20世紀時刻表歴史館」館長。
サラリーマン稼業のかたわら、時刻表を中心とした交通・旅行史関連資料の収集・研究・執筆活動を行う。

<著作>
「集める! 私のコレクション自慢」
(岩波アクティブ新書・共著)

「伝説のエアライン・ポスター・アート」
(イカロス出版・共著)

「時刻表世界史」(社会評論社)

その他、「月刊エアライン」「日本のエアポート」(いずれもイカロス出版)、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)などに航空史関係記事を執筆。

<資料提供>
「昭和の鉄道と旅」(AERAムック)
「日本鉄道旅行地図帳」(新潮社)
「ヴィンテージ飛行機の世界」(PHP)
の他、博物館の企画展や書籍・TVなど多数。

「時刻表世界史」で平成20年度・第34回交通図書賞「特別賞」を受賞。

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