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真珠湾攻撃とハワイアン航空(1941年)



「これは演習ではない」-今から70年前の1941(S16)年12月7日午前8時前(現地時刻)、ハワイ・ホノルルのアメリカ軍が発した警報です。
ちょうどその頃、アメリカ艦隊の本拠地である真珠湾は日本軍による急襲を受けていました。

太平洋戦争の開戦を告げる「真珠湾攻撃」。
現地は日曜日の朝を迎えたばかりでしたが、日本海軍機から投下された爆弾や魚雷の炸裂音が、平和な街を一転して地獄に変えました。

日本軍の攻撃が始まった頃、ホノルル空港(当時のホノルル空港とは、真珠湾の西に位置するジョン・ロジャース飛行場のこと。現在のカラエロア空港で、海軍基地でもある)では、一機のダグラスDC-3旅客機がまさにこれから出発しようとしていました。

今日紹介する時刻表は、1941年10月から有効、すなわち真珠湾攻撃当時のハワイアン航空の時刻表です。そこには、この運命の定期便が載っていました。

ハワイアン航空は、島々で構成されるハワイ諸島の足として、1929(S4)年に運航を開始しています。創業当時は水陸両用機による運航で、社名もその性格をそのままあらわす"Inter-Island Airways"と称していました。奇しくも1941年は、8月にDC-3陸上機を3機買い入れて機材の近代化を図ったほか、将来の太平洋空路への進出を念頭に、10月に社名を「ハワイアン航空」へと変更するなど、同社にとっては転機ともいえる年でした。

hawaiian_2.jpg

時刻表からは、朝のホノルル空港から各島々へ続々と定期便が飛び立っていく様子がうかがえます。午前8時発のマウイ経由ヒロ行きが、まさに真珠湾攻撃の時に出発しようとしていた便でしょう。

攻撃を受けたのは、同社の社内番号9番・登録記号NC33606という機体。飛行場を攻撃しようと上空を通過した日本軍機に射撃され、コックピットが炎上したものの、2回目の射撃で流れ弾が消火器に当たり、幸いなことに勝手に火が消えたという逸話もあるようです。

この便には2名のパイロットと24人の乗客が乗っていたそうですが、辛くも全員無事に脱出しています。
ちなみに、当時はまだ客室乗務員は乗っておらず、同社初のスチュワーデスが採用されたのは、なんと大戦中の1943(S18)年のこと。この辺は、アメリカ流の楽天思考なのかもしれません。

なお、日本軍の攻撃により、同社の機体は一部を除いて軒並み被害を受けましたが、銃撃で開いた穴をふさぐなど急ピッチで修理を進め、約2週間で軍用という制限つきながらも運航が再開されています。

hawaiian_3.jpg

ところで、真珠湾攻撃とハワイアン航空の関わりには後日談があります。

上の画像は、戦後1950年代に同社が発行した絵葉書。上述の9番の僚機である11番の機体が写っています。

注目していただきたいのは窓の大きさ。前後2つ、複数の窓をぶち抜いて横長に拡大された窓が見えます。これは"Viewmaster"(ビューマスター)と同社が呼んだ特別改造機で、1955(S30)年に就航しています。
同時に、機体の塗装も当時導入が進んでいた別の新鋭機に合わせた新しいものへと変更となりました。

この大型窓から望むハワイのダイナミックな眺望は好評を博しましたが、一方でDC-3は古い機体になりつつあったのも事実。ということで、せっかくの工夫もあまり長くは続かないまま、新鋭機の充実に伴って1950年代末期に同社のDC-3は売却されていきました。

その中の一機、まさに日本軍機の攻撃を受けた番号9番の機体が向かった先はなんと・・・日本だったのです。

当時、北海道内でローカル航空路線を運航していた北日本航空という会社がありましたが(※)、そこに落ち着いたのでした。

太平洋戦争という歴史の荒波、日米という過去の因縁を越えて活躍した希有な航空機。この生涯については、「日本におけるダグラスDC-3研究」というページに詳しいので、ご興味ある方はご覧いただくと良いかと思います。


(※)北日本航空はその後他社と合併して日本国内航空となり、東亜国内航空→日本エアシステムへと変遷しています。すなわち、今日のJALを構成する源流の一社とも言えます。


【おすすめの一冊】
"HAWAIIAN AIRLINES A PICTORIAL HISTORY OF THE PIONEER CARRIER IN THE PACIFIC"
 (STAN COHEN, PICTORIAL HISTORIES PUBLISHING CO. 1986)
 タイトルどおり、ハワイアン航空の創業から発展を、さまざま写真と資料で解説しています。

(画像をクリックすると拡大します)
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tag : 昭和史 日本航空の歴史

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プロフィール

ttmuseum

Author:ttmuseum
「20世紀時刻表歴史館」館長。
サラリーマン稼業のかたわら、時刻表を中心とした交通・旅行史関連資料の収集・研究・執筆活動を行う。

<著作>
「集める! 私のコレクション自慢」
(岩波アクティブ新書・共著)

「伝説のエアライン・ポスター・アート」
(イカロス出版・共著)

「時刻表世界史」(社会評論社)

その他、「月刊エアライン」「日本のエアポート」(いずれもイカロス出版)、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)などに航空史関係記事を執筆。

<資料提供>
「昭和の鉄道と旅」(AERAムック)
「日本鉄道旅行地図帳」(新潮社)
「ヴィンテージ飛行機の世界」(PHP)
の他、博物館の企画展や書籍・TVなど多数。

「時刻表世界史」で平成20年度・第34回交通図書賞「特別賞」を受賞。

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