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大戦中のパレスチナの鉄道・バス(1944年)



これは第二次大戦中にパレスチナで発行された鉄道とバスの時刻表(大戦中ということもあり民間航空はない)。
ご覧のとおり、全編ヘブライ語と英語の二カ国語表記になっているのが、イギリス委任統治領という当時のパレスチナの位置づけを物語っています。

ちなみに、発行は"PALESTINE TOURIST DEVELOPMENT COMPANY"となっていますが、一方でパレスチナ鉄道も"ISSUED BY"として名前が挙がっており、一体、どちらの発行なのかは判然としません。

表紙に掲載されているパレスチナ鉄道の広告には、『あなたの鉄道は現在戦時輸送体制にあり』『戦後の明るくよりよいサービスに備えています』といった時局を象徴する文言が躍りますが、まさにこの言葉通り、大戦中のパレスチナの鉄道は地中海東部における連合軍の輸送ルートとして重要な役割を果たしていました。

事実、時刻表の表紙裏には"THE SERVICES CLUBS IN PALESTINE UNDER THE AUSPICES OF THE JEWISH HOSPITALITY COMMITTEE WELCOME ALL MEMBERS OF H.M. AND ALLIED FORCES"と、パレスチナ通過・駐留の連合軍を歓迎する娯楽施設の宣伝が載っています。

palestine2.jpg

さて、イスラエルが建国されて周辺のアラブ諸国との連絡が絶たれる前、パレスチナの鉄道は南はスエズ運河東岸のカンタラより、北はハイファから内陸の高原を越えて今日のシリアやレバノン方面へと路線が延びていました。
(画像ではカンタラからハイファまでの路線が見えますが、次ページにダマスカス方面への連絡が掲載されています)

なお、1942(S17)年には海岸線沿いにレバノン方面と連絡する路線が完成し、内陸を迂回しない輸送が始まっていたようですが、この時刻表にはそうしたルートの列車は載っていません。軍事輸送用だったからではないでしょうか。

palestine3.jpg

この時刻表の中で興味深いページのひとつが、近隣諸国への長距離バスの時刻です。
上の画像からもお分かりになると思いますが、ハイファ~ダマスカス~バグダッド、エルサレム~アンマン、エルサレム~バグダッドの3路線が載っています。

これらの路線に関わる周辺諸国の動きにも興味深いものがあります。シリアはもともとフランスの委任統治領でしたが、大戦中に独立を宣言。しかし、1944(S19)年当時は、まだフランスが独立を承認していないという中途半端な状態でした(フランスがシリアを手放すのは1946年のこと)。

ヨルダンはトランスヨルダンとして独立した政体が存在していたものの、立場的にはイギリスの委任統治領でした。

イラクはパレスチナと同じくイギリスの委任統治領だったものが1932(S7)年にイラク王国として独立。しかし、反英の空気が根強く、第二次大戦の混乱に乗じて枢軸側と手を組んでイギリスに反旗を翻そうとしたところ、逆にイギリスに侵攻されて占領の憂き目に遭っていました。

中東地域は、大戦中に独ソや太平洋のような連合国vs枢軸国の長期にわたる派手な攻防戦の舞台にはなりませんでしたが、戦争遂行に欠かせない石油という資源を持っていること、また、アフリカやアジア方面へのルートを確保するうえで重要な場所だったため、民族主義との軋轢の中で英・仏がガッチリと支配を固め、その結果、上記にみられるような交通網が大戦中にもかかわらず存在し得たと考えられます。

palestine4.jpg

全体で70ページあまりの冊子のほぼ9割を占めるのが、集落を結ぶローカルバスの時刻表です。
パレスチナでは、ユダヤ人の入植が進んでいましたが、必ずしも鉄道の近くとは限らないこうした入植地への足として、バスは重要な役割を果たしていました。
その中心は"EGGED"と呼ばれるバス会社。1933(S8)年1月に設立された中小のバス業者の連合体がその起源です。

よく見ると、バス停の名前に■が付いているものがありますが、脚注に記載されているとおり、"Jewish National Fund"によって開発された土地を示しています。
"Jewish National Fund"は画像に左ページに広告も出ていますが、20世紀初頭に発足し、今日も存在するパレスチナの国土整備・開発を目的とした組織です。

当時はまだイスラエル建国前ですから、ユダヤ人とパレスチナ人どちらかが国際的に明確な支配権を持っていたわけではありませんが、いままで見てきたようにこの時刻表全体を貫いているトーンは、バルフォア宣言以降のイギリスの立場、すなわち「イギリス政府はパレスチナの地にユダヤ人が国家を樹立することを支持する」というものに後押しされたもの言えるでしょう。

しかし、ユダヤ人すべてがイギリス支持だったのかと言えば、それも違うところが複雑です。
最初に触れた鉄道も、大戦後の1946(S21)年6月、右派ユダヤ人による反英爆破事件により、隣国との連絡上重要な橋が破壊されるなどの被害を受けています(「橋の夜」)。
また、3枚目の画像(長距離バスが載っているもの)の右ページに広告が見える「キング・デービッド・ホテル」(=ダビデ王という名前ですね)は「橋の夜」の1ヶ月後、同様の爆破事件によって100人近くが犠牲になりました。

そうした混迷のパレスチナ情勢がイギリスの支配に空白を生じさせ、やがて第一次中東戦争へとつながっていったのです。

(画像をクリックすると拡大します)
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プロフィール

ttmuseum

Author:ttmuseum
「20世紀時刻表歴史館」館長。
サラリーマン稼業のかたわら、時刻表を中心とした交通・旅行史関連資料の収集・研究・執筆活動を行う。

<著作>
「集める! 私のコレクション自慢」
(岩波アクティブ新書・共著)

「伝説のエアライン・ポスター・アート」
(イカロス出版・共著)

「時刻表世界史」(社会評論社)

その他、「月刊エアライン」「日本のエアポート」(いずれもイカロス出版)、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)などに航空史関係記事を執筆。

<資料提供>
「昭和の鉄道と旅」(AERAムック)
「日本鉄道旅行地図帳」(新潮社)
「ヴィンテージ飛行機の世界」(PHP)
の他、博物館の企画展や書籍・TVなど多数。

「時刻表世界史」で平成20年度・第34回交通図書賞「特別賞」を受賞。

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