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古き良き上海に発着したアメリカの太平洋航路(1935年)



少し前のエントリー、大戦直前の上海(1941年)よりさらに6年の時を遡った資料を紹介しましょう。

「美國郵船公司」の文字もエキゾチックなこの資料は、アメリカの船会社である「アメリカン・メイル・ライン」(AML)の1935(S10)年の太平洋航路予定表。
「美國」とは中国でのアメリカの呼び名です(「美利堅合衆國」あるいは「亜美利加」に由来)。

アメリカと中国を結ぶ太平洋航路の歴史は古く、「パシフィック・メイル」(Pacific Mail Steamship)が1867年1月に、サンフランシスコ~横浜~香港間の運航を開始したことがその始まりです。

1844年にアメリカと中国(清朝)が通商条約を締結し、それに続いて幕末の日本も開国。アメリカは鉱山や鉄道建設に人手を必要としており、東洋との貿易や労働者の往来が盛んになったことがその背景にありました。
こうして太平洋航路にはその初期から中国人(移住者、労働者)の需要が少なからず存在し、運航予定表も中国語バージョンが存在したという訳です。

ちなみに、福建省に「開平楼閣」という世界遺産がありますが、これは当時北米に渡った中国人労働者が一儲けの後、19世紀末期の排華政策の影響で帰国して故郷に建てた、当時としては珍しい高層住居です。

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上述のパシフィック・メイルは、カナディアン・パシフィックと並んで太平洋航路の両巨頭(日本にも「東洋汽船」がありましたが・・・)として君臨していましたが、1920年代に大きな転機が訪れます。

海運不況の中、アメリカの実業家で「ダラー・ライン」という船会社を所有していたダラー一族が、北太平洋航路を運航するアメリカ系船会社の再編を積極的に推進。当時他社の傘下にあったパシフィック・メイルは、1925(T14)にダラー・ラインに編入され、その名が消滅することとなったのです。
そしてこの翌年、当時すでにダラー傘下となっていた船会社に、シアトルをベースとする「アメリカン・オリエント・ライン」(AOL)という会社があったのですが、これをダラーによる買収を契機に改名したのがAMLでした。

上述のように、1920年代後半からアメリカ資本の太平洋客船航路は、すべてダラーによって握られたと言っても過言ではありません。

太平洋航路に就航するアメリカの客船に、大統領の名前が付けられるようになったのはこの頃のこと。運航予定表にも「○○総統」(プレジデント・○○)という船名がズラリと並びます。
ちなみに予定表に書かれている寄港地は、シアトル、ビクトリア、上海、香港です。

aml_3.jpg

さて、当時は桟橋施設が整っていないことで大型船が接岸できない港も少なからず存在しました。
市内を流れる黄浦江がそのまま港となっている上海もそのひとつで、太平洋横断航路のような大型船に乗船するには、川岸から小蒸気船(ランチ)を使う必要があったのです。

上の画像は、1936(S11)年7月22日のAML太平洋航路客船「プレジデント・マッキンリー」に接続するランチの時刻表。本船と"CUSTUMS JETTY"(税関桟橋)との間を一時間に一回の割合で朝から深夜まで往復していたことがわかります。

しかし、これは戦前の太平洋航路黄金時代最後の輝きとも言える資料です。

この約1年後に日中戦争が勃発。中国大陸水域から外国船会社は閉め出され、総帥・ダラーの死や業績の悪化、所有船の事故などの影響でただでさえ青色吐息だったダラー・ラインはAMLもろとも1938(S13)年に運航を中止。
戦後に日米間客船航路として名を馳せることになる「アメリカン・プレジデント・ラインズ」がこの後を引き継ぎましたが、太平洋に一時代を築いたダラーとAMLの名前は戦雲の陰に消滅したのでした。

(画像をクリックすると拡大します)
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プロフィール

ttmuseum

Author:ttmuseum
「20世紀時刻表歴史館」館長。
サラリーマン稼業のかたわら、時刻表を中心とした交通・旅行史関連資料の収集・研究・執筆活動を行う。

<著作>
「集める! 私のコレクション自慢」(岩波アクティブ新書・共著)

「伝説のエアライン・ポスター・アート」(イカロス出版・共著)

「時刻表世界史」(社会評論社)

「時空旅行 外国エアラインのヴィンテージ時刻表で甦るジャンボ以前の国際線」(イカロス出版)

その他、「月刊エアライン」「日本のエアポート」「航空旅行」(いずれもイカロス出版)、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)などに航空史関係記事を執筆。

<資料提供>
・航空から見た戦後昭和史(原書房)
・昭和の鉄道と旅(AERAムック)
・日本鉄道旅行地図帳(新潮社)
・ヴィンテージ飛行機の世界(PHP)
の他、博物館の企画展や書籍・TVなど多数。

「時刻表世界史」で平成20年度・第34回交通図書賞「特別賞」を受賞。

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