アンダマン海に消えた大韓航空機(1987年)

1987(S62)年11月29日、経由地のバンコクを目指してビルマ(ミャンマー)沖のアンダマン海上空を飛行中の大韓航空858便は、北朝鮮工作員の仕掛けた爆発物により空中爆発。
これは、同年11月10日から12月末日まで有効-すなわち事件当時の大韓航空の時刻表です。
ご覧のとおり、翌年に控えたソウルオリンピックの馬術競技のイメージイラストが表紙を飾っています。

この事件で犠牲となった858便は、時刻表の右上に見えます。
バグダッドを23時30分に離陸し、アブダビ経由でソウル到着は翌日の20時40分というスケジュールでした。
バンコクは「T」のマークが記載されていますが、テクニカルランディング、すなわち給油や乗員交替のための着陸で、乗客の乗降は不可という扱いです。
この事件のニュースを耳にした時、大韓航空ほどのメジャーなエアラインがボーイング707という古い機体をまだ使っていたことに驚いた記憶のある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
(とはいえ、当時のJALも707のライバルだったDC-8を同年末まで使用)
しかし、いずれにしても同社の国際線で707を使っていたのは当時この路線だけだったことが分かります。
本来であれば他の中東路線のようにDC-10で運航されてもおかしくはなかったはずですが、機材繰りの関係か何かでこの時期はそういうスケジュールになったのでしょう。
この事件では、母国へ帰る油田関連の労働者多数を含む乗客104人と乗員11人が犠牲となりましたが、大韓航空は当時、イラクやUAE以外にもリビアやサウジアラビア、バーレーンへも寄港していましたから、その頃に韓国人の中近東への出稼ぎがいかに多かったかということが窺えます。

この機体(登録記号HL7406)は、大韓航空が太平洋線の開設をにらんで1971(S46)年に導入した、同社の707としては最初にして最後の自社発注機ですが、そういう背景もあって往年の搭乗記念絵葉書にもその雄姿があしらわれています。
最後に、国際政治の犠牲となった悲運のフライトの鎮魂碑として、その絵葉書を掲げておきます。
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