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薩南諸島・時刻表から消えた島(1927年)



鹿児島の南、東シナ海に連なる吐噶喇(トカラ)列島。
2009(H21)年には皆既日食の観測でも有名になりましたが、この島々は鹿児島県鹿児島郡十島(としま)村に所属しており、現在は十島村営のフェリーによって鹿児島と結ばれています。

このトカラ列島への航路の歴史は1907(M40)年に始まり、戦前には大阪商船が鹿児島~奄美大島間をトカラ列島経由で結ぶ「大島十島線」を運航していました。
ここに紹介する資料は、1927(S2)年9月に発行された大阪商船の日本近海航路の運航予定表。日本近海といっても、当時の日本の版図を反映し、朝鮮半島や台湾・中国大陸との航路も多数掲載されています。

osk1929_2.jpg

運航予定表の真ん中下の方に、その大島十島線が見えます。

この航路には二種類あり、3日かけて人の住んでいる島をすべて巡るものと、その中でもさらに主な島だけに寄港する「四ヶ島線」があったことがわかります。
運航頻度はそれぞれ月1回。現在の十島村営のフェリーは月に12航海とのことですから、随分と便利になったもものです。

ところで、この大島十島線の寄港地には、現在では無人となってしまった島が含まれています。

それは臥蛇(がじゃ)島。

最盛期には100人程度の人口があったといいますが、戦後に過疎化が進行し、1970(S45)年7月を以って全島民が島を去りました。
現在の十島村営のフェリーは生活航路の性格が強いせいか、もともと全国版の時刻表に掲載されていませんが、今後仮に掲載されたとしても臥蛇島の名前が現れることはまず考えられず、そういう意味で「時刻表から消えた島」と言ってもあながち間違いではないでしょう。

「時刻表から消えた島」はこのほかにも、近海郵船の小笠原航路で触れた伊豆諸島の鳥島や、軍艦島の別名で知られる長崎県の端島が知られています。

平時に島が無人になる理由としては、鳥島の場合のような自然災害(火山活動など)や、炭坑の閉山で無人となった端島のように島のコミュニティが依存する産業の活動停止などが挙げられます。
しかし、臥蛇島は地理的にきわめて隔絶性が高いという“ロマン”の上に、そうした隔絶性によって醸成された地縁社会が「過疎」というきわめて人間的・社会的な理由で自然崩壊を余儀なくされたという、社会問題であるのと同時に「諸行無常」や「もののあはれ」にも通じる“物語”を有しているという点で、日本における無人島化の歴史の中でも八丈小島などと並び、注目度が比較的高い部類に入るのではないかと思います。

大阪商船のこの予定表は、無人となった離れ小島にもかつては人々の生活が存在したということを今の世に伝える貴重な生き証人・語り部と言えるのかもしれません。

(画像をクリックすると拡大します)
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tag : 昭和史

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プロフィール

ttmuseum

Author:ttmuseum
「20世紀時刻表歴史館」館長。
サラリーマン稼業のかたわら、時刻表を中心とした交通・旅行史関連資料の収集・研究・執筆活動を行う。

<著作>
「集める! 私のコレクション自慢」
(岩波アクティブ新書・共著)

「伝説のエアライン・ポスター・アート」
(イカロス出版・共著)

「時刻表世界史」(社会評論社)

その他、「月刊エアライン」「日本のエアポート」(いずれもイカロス出版)、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)などに航空史関係記事を執筆。

<資料提供>
「昭和の鉄道と旅」(AERAムック)
「日本鉄道旅行地図帳」(新潮社)
「ヴィンテージ飛行機の世界」(PHP)
の他、博物館の企画展や書籍・TVなど多数。

「時刻表世界史」で平成20年度・第34回交通図書賞「特別賞」を受賞。

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